1996年、プレイステーション初期の時代。
まだ「サバイバルホラー」という言葉が存在しなかった頃、ひとつの作品が世界に衝撃を与えた。
――それが、初代『バイオハザード』。
暗い洋館、軋む床、弾薬の残量を気にしながら進む緊張感。誰もが“恐怖とは何か”を初めてゲームで体感した瞬間だった。
この記事では、そんな伝説の原点である『バイオハザード』を、物語・仕掛け・演出・そして時代背景まで徹底的に掘り下げていく。あの“洋館事件”の扉を、再び開けよう。
1998年7月24日。架空の都市・ラクーンシティ近郊のアークレイ山地で、原因不明の残虐な殺人事件が相次いで報告される。
被害者が何者かに「食べられた」ような状態で発見されているのだ。
この異常事態を受け、都市警察特別部隊S.T.A.R.S.(Special Tactics And Rescue Service)は、ブラヴォチームをまず派遣するも、連絡が途絶えてしまう。
そこでアルファチームが出動。アルファチーム(メンバーにはクリス・レッドフィールドやジル・バレンタインが含まれる)は、ブラヴォチームのヘリを発見。
墜落し、搭乗者の死体のみが見つかる中、犬型の怪物(通称“ケルベロス”)の襲撃を受け、彼らは山中の廃屋めいた「洋館」へ逃げ込むことになる。
その「洋館」が、実は巨大製薬企業・アンブレラ社による極秘研究施設の入口であり、物語はここから本格的に動き始める。。。
本作の舞台となる架空の山岳地帯。
ラクーンシティ近郊とされる地域で、森林・山道・山小屋、そしておそらく観光地化もされていた。
山地の豊かな自然・木々・霧・林道など、「閉ざされた自然空間」という雰囲気が、恐怖演出とよく噛み合っている。
森から洋館への移動・脱出ルート・遮断感などを演出するための舞台として機能。 また、アークレイ山地にはアンブレラ社が所有する洋館、およびその地下研究施設が隠されており、自然の“隔離空間”として非人道的な「秘密研究・実験の場」として使用されていた。
アークレイ山地の奥深くにある邸宅兼研究施設。
建物外観は豪邸・西洋館の趣きがあるが、実際は大企業アンブレラ社の極秘研究施設・生物兵器開発拠点の入り口であり、物語の主要な舞台となる。
この邸宅には謎解きギミック、数々の鍵・扉・隠し通路・地下施設が複雑に張り巡らされており、プレイヤーを“探索と発見”へと駆り立てる設計がなされている。
館=「恐怖の舞台」という構図が象徴的。
ゲーム内での根幹を成す企業。
医薬品・化学・生物兵器研究を行う多国籍企業という風に描かれ、世間的には「製薬会社」という表向きの顔があるが、裏ではTウィルス開発、B.O.W.(生物兵器)の研究・製造・実験を行っていました。
アークレイ山地内および邸宅地下施設には、アンブレラが保有・運用する研究拠点が存在しており、洋館の探索を通じてその陰謀・実験記録が少しずつ明らかになる。
さらに注目すべきは、S.T.A.R.S.(精鋭部隊)を使った実験データの取得・カバーアップの意図があったという。
Tウィルスはアンブレラ社が開発した生物兵器用ウィルスで、感染した生物(人間・動物・昆虫等)を変異・ゾンビ化させる能力を持っている。
これが本作における「ゾンビ化」「怪物化」の原因である。
開発者はバイオハザード2で登場するウィリアム・バーキン。
B.O.W.(Bio-Organic Weapons/生物有機兵器)という概念が本作では若干提示されており、アンブレラ社はこれらの変異体・怪物を兵器化あるいは戦闘実験対象として見ていた。
主な事件は 1998年7月24日に始まる。
S.T.A.R.S.ブラボーチームが山中の事件を調査に出たのがその日付である。
ゲームが発売されたのは1996年だが、物語設定は2年先の未来という想定で作られており、「近未来〜ほぼ今」の感覚での恐怖を演出しています。
また、ラクーンシティという都市が“表の平和な都市”として存在し、その郊外・山中に深い闇が隠されているという構図。つまり、日常と非日常の境界が“山・洋館”という舞台によって象徴的に描かれている。
さらに、社会的には「製薬会社・生物兵器・企業の闇」「警察・特殊部隊が抱える秘密」「秘密は表に出ない」というテーマが重層的に潜んでおり、ホラー演出だけではなく物語の深みに寄与している。
固定カメラ&プリレンダ背景を用いた演出により、プレイヤーは構図をコントロールできず「次に何が来るか」が視界的に制限され、恐怖感が増している。
例えば廊下の曲がり角・暗い部屋・ドアの開閉音など。これが「洋館=恐怖空間」という印象を強めている。
洋館という閉ざされた空間、しかも探索ルートが次第に「別館」「地下研究施設」「隠し通路」へと広がってゆく構造は、プレイヤーに“新しい恐怖が待っている”という予感と“戻れない”という緊張感を与える。
自然豊かな山地・木々・霧という“開放されたようで閉ざされた”環境から、豪邸の内部→地下施設へと移行することで、世界観の“深み”と“異質な科学実験空間”への侵入感を演出している。
キャラクターが山中でヘリ墜落や犬の襲撃を受け、洋館に逃げ込むという導入も「日常から一気に非日常へ飛び込む」導線が明確で、読者・プレイヤーの没入感をより高めている。
ゲーム開始時にプレイヤーはクリス・レッドフィールドまたはジル・バレンタインのいずれかを選ぶことができる。
選択キャラクターによって、初期装備・所持アイテムなどが異なる。
例えば、ジルはキーピックを持っていたり、クリスは体力が高めに設定されているというような違い。 このキャラクター選択によって、探索する順路・出会う味方・取得できるアイテム・エンディング条件などに若干の変化がつき、リプレイ性を高めている。
視点は固定カメラアングルで、背景はプリレンダ(あらかじめ描かれた画像)という構成。よって場所場所によってカメラの角度が大きく異なる。
キャラクターは3Dポリゴンだが、背景が静止画的で、カメラ位置が場面ごとに決まっている形式。
操作方法として、方向キー・スティックで前進・後退・左右回転という「ラジコン操作」スタイルを採用しており、キャラクター自身が向いている方向を変えてから移動、という動きになる。
このとっつきにくい難しい操作方法が恐怖演出に寄与している。なぜこの方式かというと、カメラ固定・操作のもどかしさ・視点の制限が「なにか潜んでいるかもしれない」という恐怖を演出する重要な要素として設計されているためである。
敵(ゾンビ、犬、クモなど)は館内の至る所に配置されており、 限られた武器・弾薬 の中でどう避け・どう戦うかを考えさせられる。
R1で銃を構え、構えたまま上下左右に標準を合わせて、□ボタンで発砲する、というシンプルな作り。
武器の種類も、ハンドガン、ナイフ(常備)、ショットガン、ロケットランチャーなどが登場するが、基本は「武器を使えば安心」という作りではなく、むしろ「使うべきか避けるべきか」の判断が迫られる。
難易度によっては弾薬は敵全員を倒し切るほど用意されておらず、敵に対しても倒すかどうかの取捨選択が非常に大切になって来る。
また戦闘中に “恐怖演出” が入ることも多く、暗がり・扉の開閉音・予期せぬ敵出現・固定カメラ故の視界の切り替えなどが、ただのアクションではない「ホラー体験」を作っている。
ゲームは単純な「敵を倒して進む」形式ではなく、洋館の各部屋を探索し、 鍵・スイッチ・暗号・アイテム配置を用いたパズル的要素が多く含まれている。このパズル的要素も人気に火を付けた要素の一つでもある。
さらに、一度進めたと思った場所に新しい道が開いたり、先に進むために戻るといった構造があり、この 『探索→謎解き→新エリア』のサイクルが恐怖・没入感を増していく。
館内には「閉ざされた扉」「仕掛けが動く部屋」「謎の文書」「道が変化するギミック」などが多く、探索そのものがゲームの中核をなしています。
プレイヤーは探索中に多数のアイテム(鍵・武器・弾薬・ハーブなど)を取得していくが、インベントリ(所持スロット数)に制限 があり、すべてのアイテムを一度に持てるわけではない。
また、所定の「アイテムボックス(貴重品保管庫)」が館内に設置されており、持ちきれないアイテムを預けて後で取り出せる仕組みがある。
これにより「今持つべきか」「後で回収すべきか」という戦略性が生まれる。
回復アイテム・武器・弾薬・鍵・ツールなどが限られて配置されており、 リソースが乏しい状態がプレイヤーに緊張感を与えていく。
探索中に「書類」「メモ」「日誌」「手紙」「報告書」などのアイテムが登場する。
これらを総称して『ファイル』と呼び、物語の補完・謎解きのヒント・世界観の深掘りなどに使われている。
特に「研究員の日誌(かゆうま日記)」は屈指の人気を誇る。
セーブは「インクリボン(タイプライター)」で行う方式。館内の所定の場所に置かれたタイプライターを使ってしかセーブできず、そのインクリボンの所持数にも制限がある。
これが「いつでもセーブできるわけではない」という緊張を生みます。
よってセーブをするタイミングもプレイヤー自らに委ねられる。
発案者は藤原得郎さんだと言われている。
彼が1989年のゲーム『Sweet Home』(ホラーを題材にしたファミコン用RPG)で実現できなかった「屋敷+ホラー」的な演出を、次世代ハードで形にしたいという思いから企画された。
開発開始は1993年頃。プロジェクト当初はスーパーファミコン(SNES)向けに設計されていたが、途中からプラットフォームをPlayStationへ切り替え、3年間ほどの開発期間を経て1996年に発売された。
監督・ディレクターは三上真司さん。
彼自身「ホラーゲームを作ることに対してちょっと躊躇していた」と語っている。
映画的なホラー演出や屋敷という閉鎖空間の演出から影響を受けており、例えば映画『シャイニング』(「オーバールック・ホテル」などの屋敷ものホラー)などから背景美術や構図のアイデアが得られたとされいる。
仕様選定として特徴的なのが、「固定カメラ視点」「プリレンダ背景」「ラジコン操作」。これらは当時のハード制約を前提としつつ、恐怖演出(見えない・振り返ると敵がいる・ドアを開けると何かいる)を意図して採用された。
当初は「完全3D」や「一人称視点」のプロトタイプもあったとのこと。
ですが、プレイステーションの性能制約や恐怖演出の狙いから「視点を固定+背景をプリレンダ+キャラクター操作をある種制限する」形式に落ち着いた。
また、当初「もっとアクション寄りの格闘・チャージ攻撃・サイドステップ」といった動きのあるシステム案もあったが、三上氏が「それでは恐怖が薄くなってしまう」として試作後に断念したという逸話がある。
さらに、開発チーム内では「ホラーとアクションのバランス」を常に議論しており、恐怖を重視するあまり“遊びやすさ”や“アクション性”を削った部分も少なくない。
三上氏が「ホラーゲームでは恐怖と爽快感のバランスが鍵だ」と語っているインタビューがある。
洋館という舞台について、三上氏は「閉ざされた空間+外部と遮断された雰囲気」を重視しており、その点がホラー演出において非常に重要だとしています。
また、ウィルス・生物兵器というテーマについては、「目に見えない恐怖+変異する怪物」という組み合わせが“末恐ろしい”という感覚を醸し出すための設計だった模様。
開発チームは「プレイヤーが次何が起きるか分からない」演出を作るために、カメラが固定されていることで『見えない恐怖』を演出できると考えていた。
たとえばキャラが廊下を動いていて、次の角を曲がると何かがいるかもしれないという「待ち」の演出が意図されている。
『1996年のゲーム市場ランキング』によれば、1996年時点で本作は日本国内で 1,016,000本以上(101.6万本)を販売したと報じられている。
本作品は海外にも非常にシェアが広く、世界的な販売では、1997年12月時点で「約400万本以上」売れている。
ただし、厳密に「初代のみ・オリジナル版のみ」の最終確定売上数値として、公式に細かく分けた数字は明確には公開されていない。
本作は「サバイバルホラー」というジャンルを事実上確立することに成功。
「恐怖・限られたリソース・探索・謎解き」がゲームデザインの主軸となったことが評価されている。
多くの後続タイトルが、アイテム所持数の制限、固定カメラ、謎解き要素、バックトラッキング(戻る探索)といった要素を導入している。これらは本作で定義されたフォーマットとも言える。
ゲーム業界にとっては「ホラー=映画的演出をゲームで再現する」機会を示した作品でもあり、単なるアクションやプラットフォームゲームではなく、「恐怖体験・演出重視型ゲーム」の地位を確立した。
本作で採用された 固定カメラ視点 や プリレンダ背景 (あらかじめ作られた背景画像)などは、ハードウェア性能が限られていた1990年代中盤の状況において「視点を制限することで恐怖を演出する」手法として高く評価されている。
この技術はPS時代のファイナルファンタジーシリーズやゼノギアスなどでも取り入れられている。
また、「限られた弾薬」「セーブ回数の制限」「探索・戻りの設計」などシステム面でも『余裕を与えず恐怖を積み重ねる』構造が、後続のホラーゲーム・スリラーゲームに取り入れられることになる。
本作の成功により、家庭用ゲーム機のインストールベースを拡大し、より成熟した3D表現や演出重視のゲームが市場で受け入れられる土台を築いて行った。
ゾンビやバイオホラーというモチーフを、ゲームというメディアで再び普及させた作品としても影響力がある。実際、「ゲームがゾンビ人気を再燃させた」といった指摘もある。
また、シリーズ展開・映画化・グッズ展開などを通じて、ゲームから派生した『メディアミックス』モデルの成功例にもなった。
これによって、ゲームIP(知的財産)の活用範囲が更に拡大する契機となっている。
さらに、ゲーム作品が『大人向けホラー娯楽』としての位置を確立する一助ともなり、PS1世代以降のゲーム文化において「怖がるために遊ぶゲーム」「演出で魅せるゲーム」というジャンルの許容範囲を広げた。
洋館の扉を開けた瞬間から始まった『恐怖と探求の物語』。
1996年の小さな一歩が、いまでは世界中のプレイヤーを震わせる、まさにアンブレラのような巨大なシリーズへと広がった。
暗闇の中、限られた弾と希望だけを手に進む緊張感――
それこそが、バイオハザードの原点であり、今も色褪せない「サバイバルホラーの真髄」と言えるだろう。
もしまだプレイしていないなら、ぜひ一度あの洋館の扉を開けてみて欲しい。
そこには、時代を超えて受け継がれる「始まりの究極の恐怖」が待っている。