⚠️本記事には『真犯人に関するネタバレ』が記載されています。ご注意を。
1985年にファミリーコンピュータ(以下、ファミコン)向けに発売された『ポートピア連続殺人事件』は、日本のゲーム史に残る伝説的なアドベンチャーゲームである。
元々は1983年にPC(パソコン)向けに発売された本タイトルは、ファミコンでの発売によって大きく認知されるようになる。
タイトル名は知らなくても、「犯人は●●」というフレーズを耳にしたことがある若いゲーマーも多いのではないでしょうか。(いや、ねぇか笑)
この言葉は本作の衝撃的なエンディングに由来し、今やネタバレの代名詞としてネットスラング化するほど有名である。
本記事では、そんな『ポートピア連続殺人事件』のゲーム概要やシステム、当時としての革新的ポイント、開発秘話(特に堀井雄二氏の関与)などを、カジュアルなユーモアを交えつつも真面目に解説して行く。
ファミコン初の推理アドベンチャー『ポートピア連続殺人事件』徹底解説

- 発売日:(PC)1983年6月/(FC)1985年11月29日
- ジャンル:グラフィックアドベンチャー
- 開発:チュンソフト/堀井雄二
- 発売:エニックス
- プラットフォーム:PC/ファミリーコンピュータ
ゲームの概要:現代日本を舞台にした本格推理

『ポートピア連続殺人事件』は、現代日本(発売当時の1980年代)を舞台に、連続殺人事件の謎に挑む推理アドベンチャーゲーム。
プレイヤーは刑事となり、神戸市で発生した殺人事件の捜査を任される。主人公は部下である相棒の刑事『ヤス』こと真野康彦とコンビを組み、事件の関係者に聞き込みを行ったり証拠を集めたりしながら真犯人を追い詰めて行く。
ストーリー

ストーリーは社会派推理小説を意識したシリアスなもので、物語の結末には驚きのどんでん返しが用意されている。プレイヤーはゲームを進める中で次々と現れる謎に直面し、「犯人は誰なのか?真相は何なのか?」と推理を巡らせることになる。
物語の発端は、神戸市で消費者金融会社『ローンやまきん』の社長・山川耕造が何者かに殺害された事件。山川社長の遺体は自宅の書斎で発見されたが、部屋は内側から鍵のかかった密室状態で、自殺にも見える状況だった。
最初に遺体を発見した秘書の沢木文江、そして守衛の小宮六助には事件当時のアリバイがあり、犯行は不可能に思えた。他殺か自殺かも含めて謎が深まる中、捜査は山川と金銭トラブルのあった平田や川村といった人物へと及び、さらに新たな事件も発生して行く。
ゲームを進めるうちに、表向きの事件の裏に隠された人間関係やドラマが徐々に浮かび上がって来る。その展開はまるで小説を読むかのようで、当時としては珍しく『物語を見せる』ことに重きを置いたゲームデザインだった。
限られた容量の中で物語性とサスペンス性を追求した結果、最後にはプレイヤーが思わず驚くような意外性のある結末が待ち受けており、発売当時この真犯人の正体は大きな話題を呼んだという。
ゲームシステム:コマンド選択式アドベンチャーの草分け
「ファミコン」向けに最適化された本作

画像は、ファミコン版『ポートピア連続殺人事件』のゲーム画面。右側に表示されたコマンドメニューから行動を選択し、左側の画面で捜査を進めていくスタイルが採用されている。
プレイヤーは「はなす」「しらべる」などのコマンドを駆使して証拠集めや聞き込みを行う。
本作はファミコン初の本格アドベンチャーゲームであり、コマンド選択式のインターフェースをコンシューマー機に持ち込んだ先駆けとなった。
もともと1983年にPC向けに発売されたオリジナル版は、キーボードで文章を直接入力して操作するテキストアドベンチャー形式だった。しかしファミコン版ではキーボードが使えないため、あらかじめ用意されたコマンドをメニューから選ぶ方式に変更されている。
例えば「移動」「調べる」「話す」「電話する」など約14種類のコマンドが用意されており、プレイヤーはそれらを選択して物語を進める。この方式により煩雑な文字入力が不要になり、当時アクションゲームに慣れ親しんでいた子ども達でも直感的に遊べるよう工夫されていた。

コマンド選択式への変更に伴い、画面内でカーソルを動かして証拠品を探す要素や、3D表示の地下迷宮といった新たな仕掛けも盛り込まれた。例えば、物陰に隠されたアイテムを画面上で探し当てたり、ダンジョン風の地下通路を一人称視点でマッピングしながら進んだりする場面が追加されている。
これは、単にコマンドを総当りするだけでクリアできてしまわないようにとの配慮でもあった。中でも地下迷路は多くのプレイヤーを悩ませた難所で、筆者(記事作者)も子どもの頃は方眼紙にマップを書く攻略法を知らずに何度も迷い込んだという声もある。
本作にはセーブ機能が存在しない点も現在のゲームと大きく異なる部分である。途中で進行状況を記録するパスワードやバッテリーバックアップが備わっておらず、事件解決までゲームを中断できない。
そのため長時間に及ぶプレイを強いられ、緊張感と没入感が増す一方で、当時の子ども達は、
ファミコンの電源を入れっぱなしにして食事や睡眠を挟みながらクリアした。そしたら親に電源を切られていた!!
といったエピソードも語られている(ある意味スリリングな体験!😱笑)。
ただしファミコン版では、誤った捜査で行き詰まった際に発生したPC版のバッドエンド(捜査打ち切りによるゲームオーバー)が削除されており、代わりに電話で署長から叱責されて再捜査が続行できるよう改善されている。
ゲームオーバーになりにくく調整されている点からも、当時としてはかなり遊びやすさに配慮した設計だと言える。
ほぼ流れないBGM
さらに、本作の演出上の特徴としてBGM(音楽)が一切流れないことが挙げられる。プレイ中に耳にするのはテキスト表示時の効果音や、電話のベルやドアの開閉音、サイレン音など限られた効果音のみ。
この静けさが逆に不気味な緊張感を生み出し、特に序盤で殺人現場となった屋敷に踏み込むシーンでは、遺体があった場所に白線が描かれているだけという静寂の演出がかえって恐怖心を掻き立てた。当時のファミコンゲームは軽快なBGMが流れるアクション作品が当たり前だったため、無音をあえて活用した本作の演出はプレイヤーに深い没入感を与える斬新な試みであった。
当時の革新性:ゲームで物語を語ることへの挑戦

ゲーム業界に走った衝撃
発売当時、本作が与えたインパクトは計り知れない。1980年代前半のゲーム業界では、宇宙やファンタジー世界を舞台にした作品が主流で、現実の日本を舞台にした作品はごく少数派だった。
そんな中にあって、本作は神戸という実在の土地を舞台に、人間ドラマを盛り込んだサスペンスストーリーが展開するという、まさに画期的な試みだった。
それまでアドベンチャーゲームといえば「宝探し」か「迷宮脱出」ばかりで、物語と言ってもおまけ程度という作品も多かった時代に、本作はゲームを小説のような物語表現の媒体として昇華させた。
特筆すべきは、プレイヤーの相棒キャラクター(ヤス)をゲームシステムの一部に組み込み、その相棒こそが真犯人であるという大胆なストーリーテリングである。
序盤からずっと共に行動してきた仲間が黒幕だったという展開は当時非常に衝撃的で、ミステリー小説さながらの意外性だった。この手法により、ゲーム中のナレーションを相棒との会話で代用するというユニークな表現も生まれている。
実際、本作の『相棒との会話を通じて状況説明を行う』という演出手法は、後に他社のアドベンチャーゲーム(例:エニックスの他作品『ウイングマン』(1984年)やリバーヒルソフトの推理ゲーム群)にも影響を与えている。ゲーム内に文学的な語りを持ち込んだ点でも、本作はパイオニア的存在だったと言える。

また、本作のラストシーンはゲーム史に残る名シーンとして今なお語り継がれている。犯人の名前「ヤス」はあまりに有名で、ゲームを遊んだことがない人でも犯人だけは知っているという状況すら生まれた。
当時子どもだったプレイヤーたちの間では、「クリアした友達がうっかり『犯人はヤス』と口を滑らせてネタバレしてしまう」という事態も頻発したとかなんとか…。
普通なら「最後のページから読む」ような真似はゲームではできないご、友人から種明かしをされてしまっては興醒めである。お笑いタレントのビートたけし氏でさえ、1986年に自身のラジオ番組で本作を実況プレイ中につい犯人の名を言ってしまうという放送事故(?)を起こしたほどで、その放送がかえって宣伝となり売上が伸びたという逸話も残っている。
このように『犯人はヤス』というフレーズは一種の社会現象となり、後年には「真相が分からない謎」に対してネット上で「犯人はヤスでは?」とボケる定番ネタにまでなった。もはや本作ではネタバレ自体がネタとして親しまれている。
テキストアドベンチャーゲームのパイオニア

ゲームデザイン面でも、本作は後続の作品に多大な影響を与えた。ファミコンにおけるコマンド選択式ADVの成功を受けて、他社からも様々なアドベンチャーゲームが発売されるようになる。
任天堂の『ファミコン探偵倶楽部』シリーズ(1988年~)や、J.B.ハロルドシリーズ、カプコンの『逆転裁判』シリーズ(2000年~)など、「メニューコマンドで物語を読み解く」ゲームの系譜は本作から始まったと言っても過言ではない。
さらに物語体験を重視するゲームジャンルである『ビジュアルノベル』の定義づけにも本作は寄与したと評価されている。例えば小島秀夫氏(『メタルギア』シリーズの生みの親)は『ポートピア』をプレイしてゲーム業界を志すほど影響を受け、「ゲームでこんなミステリーやドラマが描けるのか!」と衝撃を受けたと語っています(後のアドベンチャーゲーム『スナッチャー』に本作の影響が感じられる。)。
ゼルダシリーズの青沼英二氏など他のクリエイターにもインスピレーションを与えたとされ、本作は日本産ストーリーゲームの草分け的存在となった。
開発秘話:堀井雄二と仲間たちの挑戦

堀井雄二氏ワールド満載の本作
本作は、後に『ドラゴンクエスト』シリーズで知られる堀井雄二氏が手掛けた作品。実は本作は堀井雄二氏がゲームデザイナーとして世に出るきっかけとなった出世作でもある。
元々堀井氏はゲーム雑誌のライターをしていたが、1982年にエニックス(現スクウェア・エニックス)主催のパソコンゲームコンテストに応募し入賞したことからゲーム開発の道へ進むことになる。その後、エニックスから依頼を受けて開発したのがPC版『ポートピア連続殺人事件』(1983年発売)である。
当時はゲーム開発の分業化が進んでおらず、プログラムからシナリオ、グラフィックまで堀井氏ひとりで作り上げたというから驚きである。自らシナリオを書き、推理小説さながらのトリックやドラマを考案し、さらにそれを動作するプログラムまで組んでしまう多才ぶりに、「堀井雄二スゲェ!」となった当時の少年、、、どころか大人も多かったとか。
その後、本作はPCで好評を博し、1985年にファミコンへ移植されることになる。移植を担当したのはチュンソフトという新進気鋭の開発チームで、当時19歳の中村光一氏(後にチュンソフト社長)がプログラマーとして腕を振るった。
堀井氏にとっては本作が初の家庭用ゲーム参入作であり、堀井氏がゲームデザイン・シナリオを担当し、中村氏らがプログラムを担当するという体制は、のちに『ドラゴンクエスト』シリーズへと受け継がれて行く。実際、翌1986年に発売される初代『ドラゴンクエスト』も堀井&チュンソフトのタッグで開発されており、メニューコマンドで冒険するインターフェースや物語重視の作風は『ポートピア』からの延長線上にあった。
容量制限に関する苦悩と工夫
ファミコン移植にあたっては、容量との戦いという苦労も語られている。PC版のシナリオをそのまま載せようとしたところ約2KB分オーバーしてしまい、泣く泣くセリフを少しずつ削って容量を捻出したそうだ。また、カタカナ文字の種類を21文字程度に制限し(※必要最低限のカナだけ使う)、例えば「ペンダント」というアイテム名を「ゆびわ(指輪)」に変更するなどしてデータを圧縮している。
タイトル画面の社名表記も “ENIX” からひらがなの“えにっくす”に変更されており、一文字でも節約しようという涙ぐましい努力がうかがえる。このような徹底した軽量化テクニックは、後に堀井氏が手掛ける『ドラゴンクエスト』でも活かされることになる。
インターフェース面では前述の通りコマンド選択式を採用したが、発売前には「ファミコン版ポートピアはキーボード同梱のファミリーベーシック専用ソフトになるらしい」という妙な噂も流れたようだ。それだけ当時のゲーマーにとって「アドベンチャーゲーム=文字入力」のイメージが強かったという。結果的には純正のファミコンコントローラだけで快適に操作できるゲームとして完成し、「ファミコンでも高度な推理ゲームが遊べる!」と多くのファンを驚かせたという。
堀井雄二氏自身が明かした興味深いエピソードとして、「実は子供たちに画面の文字を読む練習をさせるために『ポートピア連続殺人事件』を作った」というものがある。
子供の教育も考えて作られた
どういうことかというと、当時主流だったアクションやシューティングゲームでは文章を読む必要がなく、ゲーム慣れしている子供ほど文字離れしていたという。そこで堀井氏は、本作で子供たちに物語テキストを読む楽しさに触れさせ、次に発売するRPG『ドラゴンクエスト』で大量の文章が出てきても抵抗なく遊べるようにトレーニングしたかったのだそうだ。
「ドラクエは常に初心者に親切でありたい」という堀井氏の信条が端的に表れた開発秘話と言える。結果的にこの策略(?)は見事に奏功し、『ポートピア』も『ドラクエ』も大ヒット。日本中のゲームキッズが文字情報を追いながらゲームを遊ぶことに慣れて行った。
考えてみれば本作以前、ファミコン世代の子供たちにとって画面いっぱいの文章を読むゲームなんて経験がなかったわけで、堀井氏は時代を先取りして新しいゲームの楽しみ方を提案していたのである。

開発スタッフ関連のトリビアをもうひとつ挙げると、本作のパッケージイラストについてである。
実はファミコン版の箱絵に描かれている男女は、主人公の相棒・ヤスが女性を支えている姿だというのをご存知だろうか?
犯人であるヤスがパッケージにちゃっかり登場していたとは、なんとも粋なミスディレクションです(しかもこのイラスト、当初ファンの間で「漫画家の北条司先生が描いたのでは?」と噂されましたが、実際は真島真太郎氏というデザイナーの手によるものだった。)
しかも遠くには駆け寄って来る警察の姿も、、、?
犯人に関する重要情報が、既にパッケージに書かれていたというのもまた良い。
豆知識・トリビアあれこれ
最後に、本作にまつわる小ネタやトリビアを箇条書きでご紹介して行く。知っていると誰かに自慢したくなること請け合いである。
「アホ」と入力すると…?
オリジナルPC版ではコマンド入力時にふざけて「アホ」や「バカ」といった暴言を入力すると、ヤスが「『アホと言うほうがアホや』と亡くなったお婆ちゃんがよく言ってました」と返してくれる隠しメッセージがある。
堀井雄二氏らしいユーモアが垣間見える遊び心である(ファミコン版では自由入力ができないため、このやり取りはできなくなっている)。
ヤスの冗談にプレイヤー激怒?
相棒のヤスは基本的に忠実な部下だが、時折ジョークを飛ばしてプレイヤーを煙に巻くことがある。
たとえば「実は犯人が分かりました!」と言った直後に「…な〜んて、うそです」とごまかすシーンでは、多くのプレイヤーが「お前ふざけるな!」とツッコミを入れたとか。シリアスな物語の中に時折コミカルなやり取りを挟むのも本作の魅力である。
移植とリメイク展開
本作はPCやファミコンの他にも様々な機種に移植されており、累計で数十万本以上売れたとされている。しかし意外にも家庭用ゲーム機向けの正式なリメイク作品は存在しない。(あくまで家庭用ゲーム機では)
長らく遊ぶにはオリジナル版を入手するしかない状態が続いていたが、2000年代に携帯電話アプリ向けに移植版が配信されたり(現在はサービス終了)、2023年にはAI技術を活用した実験的リメイク版がPC向けに無料公開されている。
この「AI Tech Preview版」では自然言語処理を使ってプレイヤーの文章入力を解釈し、会話形式でゲームを進行できる試みがなされている。もっとも技術デモゆえに遊びやすさ調整が十分でなく評価は賛否両論だったが、発売40周年を迎えてなお名作が注目を浴びるのは凄いことである。
堀井ミステリー三部作
堀井雄二氏は本作の後もアドベンチャーゲームを手掛けており、『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』(1984年、アスキー)と『軽井沢誘拐案内』(1985年、エニックス)という推理ADVを発表している。(いずれ解説記事を書きます…余力があれば…)
これらはファンの間で『堀井ミステリー三部作』と呼ばれ、本作と合わせてプレイすると世界観やゲームシステムの共通点を楽しめる。中でも『オホーツクに消ゆ』は、ファミコン版ポートピアで採用されたコマンド選択方式をいち早く取り入れており、本作の発展形とも言える作品である。
犯人は日本一有名?
真犯人であるヤスは『おそらく日本一有名な犯人』とまで形容されることがある。あまりに有名になりすぎたため、堀井雄二氏自身も冗談めかして
もしポートピアの続編を作るなら副題は『犯人はヤス』にしたいね
なんて語っている。(爆笑)
2024年に堀井氏が別作品『オホーツクに消ゆ』リメイク版の情報をSNSで発表した際にも、「犯人はヤス、ではないですよ」とツイートしファンを笑わせていた。まさに伝説級の犯人キャラと言えるだろう。
あとがき

『ポートピア連続殺人事件』は、巧妙なシナリオと独特の演出で当時のゲーマーに強烈なインパクトを与えた。ゲームを通じて物語を体験する面白さ、謎を自分の頭で解き明かす快感を、多くの人々に知らしめた作品でもある。
発売から40年が経過した現在でも、犯人の名前が独り歩きして語り草になっていること自体、このゲームがいかに愛され記憶されているかの証拠だろう。
若いゲーマーの皆さんも、本記事で興味を持ったなら是非レトロゲームとして『ポートピア連続殺人事件』に触れてみて欲しい。当時のゲームデザインや文化的背景を知ることで、きっと現代ゲームとは一味違った新鮮な驚きや発見があるはず。
推理小説を読むような感覚で進めるこのゲーム、一度プレイすれば「犯人はヤス」が持つ本当の意味と、その面白さにあなたも唸ることだろう。ゲーム史に残る不朽の名作『ポートピア連続殺人事件』、その魅力は時代を超えて語り継がれていくに違いない。

