小さな携帯ゲーム機が、ある家族の心に温かな火を灯したという実話をご存じだろうか?
ゲームボーイと95歳のおばあちゃんの微笑ましいエピソードは、SNSやニュースで大きな話題になった。筆者も当時、スマホ越しにこのニュースを読んで胸が熱くなったのを覚えている。
本記事では、その感動的な物語を物語風に振り返りながら、ゲームボーイの歴史やテトリスの魅力、そして任天堂の「神対応」と呼ばれた対応についても掘り下げて行く。
第1章:ゲームボーイと95歳の物語

手のひらサイズの冒険
1989年4月21日、任天堂から手のひらサイズの携帯ゲーム機「ゲームボーイ」が発売された。価格は12,500円、単3乾電池4本で約35時間も遊べる携帯性が当時としては画期的で、ソフトにはテトリスのようにシンプルなのに奥深いゲームが揃い、老若男女の心を掴んだ。
発売から30年以上が経ち、いまやレトロゲームとして語られることが多いこの機種だが、一人の女性にとっては毎日の相棒だった。
彼女は千葉県に住む当時95歳のおばあちゃん。還暦を過ぎたころに孫からゲームボーイをプレゼントされ、そこから毎日のようにテトリスを楽しむようになった。
このゲームは落ちてくるブロックを積み重ねるだけなのに、なんだか頭がスッキリするのよ。
と笑顔で話すおばあちゃん。
実際、テトリスにはトラウマの後遺症を軽減する効果がある可能性を示す研究もあり、事故直後の患者がテトリスをプレイすると後々のフラッシュバックの回数が約62%減ったという報告もあるほど。
おばあちゃんが病気を抱えながらも長年テトリスに夢中だったのは、そんな効果を無意識に感じていたのかもしれない。
日々の相棒:おばあちゃんとテトリスの習慣
おばあちゃんの日課は、朝起きて家族の顔を見るのと同じくらい、ゲームボーイの電源を入れることだった。落ちてくるブロックを指先で回転させ、ピッタリ収まった時の「スッキリ感」は、パズル好きの彼女にとって癒しの時間。
最初のゲームボーイが壊れると、家族はすぐ二台目を買い、三台目も用意した。それほどテトリスが生活の一部になっていたのである。孫は「おばあちゃんはゲーム中に誰か話しかけても耳に入らないくらい集中していた」と笑う。
ゲームボーイのモノクロ画面にはシンプルなブロックが映るだけですが、その世界でおばあちゃんは毎日新しい形を作り上げていた。老眼鏡越しに見るブロックの落下は、時におばあちゃんの体調のバロメーターにもなっていたという。
元気な日はレベルを上げたり、調子が悪い日はゆっくり楽しんだり。家族にとっても、おばあちゃんがゲームボーイを握っている姿は安心の象徴だった。
第2章:神対応への序章、ゲーム機の故障と勘違い
故障、三台目のゲームボーイ
そんなおばあちゃんに転機が訪れたのは95歳の時だった。体調を崩して寝込んだ日に、愛用していた三代目のゲームボーイが突然動かなくなってしまったのである。
ゲームボーイはすでに2003年に生産が終了しており 、町の電気屋やおもちゃ屋を回っても修理できる部品が見つからなかった。
孫はインターネットで中古品を探したが、状態の良い本体は高値が付き、どれも信頼できない出品者ばかり。家族が途方に暮れているとき、ある噂が耳に入ります。「任天堂は神対応してくれるらしいよ」というものだった。
日本では特別に丁寧な対応や心温まるサービスを「神対応」と呼ぶ。当時のTwitterや掲示板では「故障した旧型ゲーム機を修理してくれた」「震災で壊れたセーブデータを復旧してくれた」など、任天堂のエピソードが数多く紹介されており、カスタマーサービスの良さは以前から有名だった。
しかし、このとき家族は「神対応」を「紙対応」と聞き間違えてしまう。紙を送れば何とかなるのかな? と勘違いした娘さん(当時70歳)は、かすかな望みにすがる思いで手紙を書くことにしたのであった。
勘違いから生まれた手紙
娘さんがしたためた手紙には、お母さんがどれほどゲームボーイとテトリスを愛してきたか、そして修理や代替機を探しても見つからなかったことが丁寧に綴られていた。
壊れたゲームボーイ本体も一緒に包み、「もし修理できるようでしたらご対応いただけると幸いです」とお願いした。娘さんは「神対応」を「紙対応」と勘違いしていたので、手紙を書かなければならないと思い込んでいたのである。
その手紙は、任天堂のサポートセンターへ郵送された。娘さんは「返事が来なかったら諦めよう」と家族に伝えたが、心のどこかで期待もしていたという。
「もしかしたら修理してくれるかもしれない」「最後にもう一度母にテトリスをさせてあげたい」という願いがあったからだ。
ーーーそして数日が過ぎ、ポストに見慣れない封筒が届いた。
第3章:奇跡のような返信・任天堂から届いた贈り物

工場の奥から驚くべきものが見つかる
封筒には任天堂からの手紙が入っていた。娘さんの手紙に対する感謝の言葉とともに、「部品がないため修理はできませんでした」と丁寧に謝罪が書かれていたのである。
しかし、同梱されていたのは驚くべき品だった。
なんと、未使用のゲームボーイ本体が箱ごと送られてきたのである。すでに生産が終了していたにもかかわらず、任天堂の倉庫に保管されていた新品を見つけ出し、娘さんの元へ届けてくれたのであった。
手紙の最後には
お母様がこれからも長生きされますように
と、まるで家族のように思いやる言葉が添えられていた。家族はその心遣いに感動し、涙を流しながら箱を開けたと言う。
おばあちゃんは新品のゲームボーイを手に取ると、「これでまたテトリスができるわね」と目を輝かせた。孫が電池を入れると、緑色の液晶にブロックが落ちてくるおなじみの画面が映し出されたのであった。
感動と続く物語
新品のゲームボーイを手にしたおばあちゃんは、再びテトリスの世界に没頭した。家族が「任天堂から届いたんだよ」と説明すると、「まあ、そんな遠くから来てくれたの?」と微笑んだという。
体調が思わしくない日もあったが、ゲームボーイを握ると自然と集中力が戻るのか、以前のように落ち着いてブロックを積み上げる姿が見られた。
結果的におばあちゃんはそれから約4年間健やかに過ごし、99歳で亡くなるまで意識ははっきりしていたと娘さんは語っている。
このエピソードは、2019年に朝日新聞の投書欄で紹介され、孫がTwitter(現・X)に投稿すると瞬く間に拡散された。数十万件の「いいね」とリツイートが付き、国内外のメディアにも取り上げられた。
多くの人が「涙が止まらない」「任天堂への信頼がさらに高まった」とコメントし、任天堂の神対応ぶりに称賛の声が広がった。中には「私の祖父母にもゲームをプレゼントしたい」という人まで現れ、この小さな物語が世代を越えて広がったのである。
日本のカスタマーサービスと「神対応」

日本のサービス業は世界的に「丁寧」と言われるが、今回の任天堂の対応はその象徴だった。
ゲームボーイが壊れて困っているという一通の手紙を大切に読み、修理は難しいと判断しつつも倉庫から新品を見つけ出して送るという行動。
加えて「長生きしてください」と家族への温かなメッセージを添える心遣い。このような対応が「神対応」と呼ばれる所以である。
過去にも任天堂は、障がいのあるユーザーのためにゲームコントローラーを特別に改造したり、震災で失われたセーブデータを復旧したりと、多くの善意あるサポートを行って来た。こうしたエピソードが積み重なって、「任天堂なら安心」というブランドイメージが出来上がっている。
今回の物語がSNSで拡散されたことで、「神対応」という言葉も再び注目された。実際、娘さんは「神対応」を「紙対応」と勘違いして手紙を書いたが、その誤解が逆に幸運を呼んだとも言える。
紙に書いた温かな言葉が、遠くの企業の担当者を動かし、新しいゲーム機とおばあちゃんの笑顔を引き寄せたのである。
あとがき
ゲームボーイと95歳のおばあちゃんの物語は、単なる美談として消費されるだけでなく、いくつもの示唆を与えてくれる。
デジタル機器は冷たいものではなく、人と人をつなぐ媒介にもなり得ること。時代を超えて愛されるゲームには、年齢や国籍を超えて人を楽しませる力があること。そして、企業と消費者の関係は単なるサービスの提供だけでなく、心配りと思いやりによって築かれるものだということ。
私たちがふだん当たり前のように使っているデジタルガジェットも、誰かにとってはかけがえのない友達かもしれない。
もし身近に、使い慣れた機器が壊れて困っている人がいたら、この物語を思い出してみて欲しい。そして、メーカーやサービスに相談してみる勇気を持ってみても良いかもしれない。
意外なところから、あなたにとっての「神対応」が返ってくるかもしれない。
