「シンオウ神話」とは、シンオウ地方に古くから伝わる神秘的な伝承群のこと。
『ポケットモンスターダイヤモンド・パール・プラチナ』では、カンナギタウン(シンオウ地方の村)の遺跡や、ミオシティの図書館でその内容を読むことができる。これらの神話には、世界の創造にまつわる壮大な物語から、人とポケモンの関係を示す昔話まで、多彩なエピソードが含まれている。
登場するのは“神”と称されるポケモンたちであり、シンオウ地方の伝説のポケモン――アルセウス、ディアルガ、パルキア、ギラティナ、ユクシー、エムリット、アグノムなど――がその中心に据えられている。
シンオウ神話は単なるフィクションではなく、実在するポケモンたちの特徴と結びついており、ゲーム内の物語や世界観とも深く関わっている。
以下では、このシンオウ神話の各エピソードを原文も交えながら詳しく解説し、その内容や意味、後年の作品での再解釈について考察して行く。
世界の始まり – アルセウスと創造神話

シンオウ神話の中核をなすのが、世界の創造について語る「はじまりのはなし」。これは、神話体系における天地開闢(てんちかいびゃく)、つまり宇宙と世界の始まりを描いた物語である。
その原文には、混沌から生まれたタマゴと、そこから誕生した最初の存在について次のように記されている。
はじめに あったのは
こんとんの うねり だけだった
すべてが まざりあい
ちゅうしんに タマゴが あらわれた
こぼれおちた タマゴより
さいしょの ものが うまれでた
さいしょの ものは
ふたつの ぶんしんを つくった
じかんが まわりはじめた
くうかんが ひろがりはじめた
さらに じぶんの からだから
みっつの いのちを うみだした
ふたつの ぶんしんが いのると
もの というものが うまれた
みっつの いのちが いのると
こころ というものが うまれた
せかいが つくりだされたので
さいしょのものは ねむりについた
「最初のもの」とは、明言こそされていないがアルセウスを指すと考えられている。混沌(こんとん)の渦巻く何もない世界にタマゴが現れ、そこからアルセウスが誕生した――この物語は、まさにアルセウスが「創造神」であることを示唆している。

アルセウスは自身の分身として2匹のポケモンを生み出し、それによって時間が動き出し空間が広がり始めた。この2匹の分身こそ、時間を司るディアルガと空間を司るパルキアだと解釈される。

さらにアルセウスは自らの体から3つの命を生み出した。こちらはシンオウ地方の湖に宿るユクシー・エムリット・アグノムの三霊だと考えられる。彼らはそれぞれ知識・感情・意志という「心(こころ)」の源を司る存在であり、神話の中で「三つの命がいのると こころというものがうまれた」とあるのは、この3匹によって世界に“心”がもたらされたことを意味している。
一方、「二つの分身がいのると ものというものがうまれた」とは、時間と空間の二柱(ディアルガとパルキア)の作用によって物質的な存在(もの)が生まれたことを示している。
こうして「世界が創り出された」後、役目を終えたアルセウス(最初のもの)は眠りについたと語られる。創造神が世界を創った後に姿を消すこの展開は、多くの神話で見られるパターンであり、アルセウスもまた創造の後は積極的に表舞台に立たなくなったことが示唆されている。
シンオウ神話に直接「アルセウス」という名前は登場しないが、その正体がアルセウスであることは図鑑の説明や後の物語によって裏付けられている。実際、『ポケモンプラチナ』では「アルセウスという絶対的な存在から始まる物語!」と示唆する哲学者のセリフが登場し、さらに後述するように『ポケモンLEGENDS アルセウス』ではプレイヤー自らがアルセウスに出会うことで、この創世神話が現実のものとして描かれている。
アルセウスはすべての始まりに位置する神であり、時間・空間・(後述する反転世界)そして心という、この世界の根幹を成す要素を生み出した存在である。
なお、当初公式には触れられていなかったが、神話の中で語られない「もう一つの存在」についてもしばしば議論される。それがディアルガ・パルキアと対をなす第三の伝説ポケモン、ギラティナである。
ギラティナについては後ほど詳述するが、シンオウ神話の創造譚では彼の役割に直接言及がない点は興味深いところ。ファンの間では「アルセウスが生み出した分身は本当は3体いたのではないか」「ギラティナは神話から存在を抹消されたのではないか」といった考察が当時議論されていた。
しかし少なくとも「はじまりのはなし」の中では、アルセウスが創造した分身は時間と空間の2体のみであり、ギラティナの名は登場しない。これは後述するように、古代の人々にはギラティナの存在が認識されていなかったか、あるいは何らかの理由で忌避された可能性も考えられる。
時間と空間を司る神々 – ディアルガとパルキア

アルセウスが生み出した時間の神ディアルガと空間の神パルキアは、シンオウ地方で特に重要視されている伝説のポケモン。シンオウ神話でも彼らは崇められる存在として登場し、人々に時間と空間という根源的な恵みをもたらす存在だと語られる。
シンオウ地方のハクタイシティ(クロガネシティの近く)には古いポケモン像があり、そこにはディアルガとパルキアを讃える碑文が残されている(『ダイヤモンド・パール』では像の一部が欠けていますが、『プラチナ』で完全な文章が確認できる)。
その碑文の一節を引用すると、次のような内容になっている。
うみだされし ディアルガ
わたしたちに じかんを あたえる
わらっていても
なみだを ながしていても
おなじ じかんが ながれていく
それは ディアルガの おかげだ
うみだされし パルキア
いくつかの くうかんを つくりだす
いきていても
そうでなくても
おなじ くうかんに たどりつく
それは パルキアの おかげだ
この碑文は平易な言葉で書かれていますが、その意味するところは奥深い。ディアルガについての部分は、「笑っていても泣いていても同じ時間が流れる」という表現から、時間は人(やポケモン)の感情に関わらず普遍に流れるものであることを示唆している。
つまり、時間というものは喜びや悲しみといった個人の感情を超越し、すべての存在に平等に与えられる秩序だということ。それはすなわち、ディアルガという時間の神が絶対的かつ上位の存在であることを意味する。
実際、神話でもディアルガ(時間)とパルキア(空間)はユクシーら湖の三精霊より先に作られた上位の存在として位置付けられており、時間と空間という概念そのものを体現する彼らは、人の心(感情・知識・意思)よりも根源的な世界の基盤を成していると考えられる。
パルキアについても、「生きていてもそうでなくても同じ空間にたどりつく」という碑文から、空間は生死を超えて存在することが読み取れる。すべての命ある者も命なき者も、結局は同じひとつの空間(世界)に存在しているという意味だろう。
「生きていても/そうでなくても」という対比は、生者と死者、あるいは有機物と無機物などを指すとも解釈できる。いずれにせよ、空間もまた時間と同様にあらゆる存在を包含する器であり、それを創造したパルキアは時間の神ディアルガと双璧をなす偉大な神とされている。
シンオウ地方では、古代よりこの時間神ディアルガと空間神パルキアを中心とした信仰が存在していた模様。例えば、カンナギタウンの遺跡の壁画やテンガン山頂の「やりの柱」(神殿跡)には、これら二柱にまつわる伝承の痕跡が残されている。

興味深いのは、後に語られるヒスイ地方(『Pokémon LEGENDS アルセウス』の舞台、シンオウ地方の昔の呼び名)の時代にも、ディアルガとパルキアに対する信仰が「シンオウさま」という形で存在していたことである。
ヒスイ地方にはコンゴウ団とシンジュ団という二つの一族が登場するが、彼らはいずれも「シンオウさま」と呼ばれる神を崇めつつも、その正体について異なる解釈をしていた。
コンゴウ団はシンオウさまを「時間を生み出した存在」(=ディアルガ)とし、シンジュ団は「空間を生み出した存在」(=パルキア)と信じていた。互いに自分たちの崇めるシンオウさまこそが真の神だと主張し合い、一触即発の緊張関係にあったという設定は、神話が人々の文化や対立にも影響を与えていたことを物語っている。
ゲーム本編(プラチナやレジェンズアルセウス)では、最終的にディアルガとパルキアの両方が降臨し、その双方が本物であることが示されている。
つまり「シンオウさま」= ディアルガおよびパルキアであり、彼ら二柱はともにアルセウスによって創られた偉大な存在だったという真実が明らかになる。現代(ダイパの時代)のシンオウ地方では、ディアルガ・パルキアは神話上の存在として伝えられるのみだが、それでもポケモン図鑑の説明文に「シンオウ神話で神とされる」旨が記載されており(ディアルガ:「シンオウしんわで 神さまと される ポケモン」等)、公式にも「神さまポケモン」として扱われている。
神話と現実が交差するポケモン世界において、ディアルガとパルキアは時間と空間そのものを体現する圧倒的な存在であり、人々から畏敬の念をもって伝承されてきた。
裏の世界と影の神 – ギラティナの役割

シンオウ神話を語る上で欠かせないもう一柱の伝説ポケモンが、ギラティナである。ギラティナはディアルガ・パルキアと対になる存在であり、「反物質を司る神」とも称されている。しかし興味深いことに、シンオウ地方に伝わる公式の神話文献の中には、先述した通りギラティナの名は直接登場しない。
これは神話体系上、ギラティナが意図的に省かれているようにも見え、その理由について様々な推測を呼んでいる。
実はゲーム本編においても、『ダイヤモンド・パール』のシナリオ中ではギラティナの存在は明かされず、図鑑ナンバーですら飛ばされていた(全国図鑑でディアルガ・パルキアの次番が欠番になっている)。
しかし『ポケモンプラチナ』ではギラティナがストーリーに深く関与し、その正体と役割が描かれている。プラチナでは、「やぶれた世界」と呼ばれる異空間が舞台となり、ギラティナはそこに棲むポケモンとして登場する。

シロナ(チャンピオン)は劇中でギラティナについて「神話に残されたポケモン」という表現を使い、彼女自身も文献を調べるまでその存在を知らなかったことが示唆されている。つまりギラティナは「神話に存在だけ残されたポケモン」であり、一般には知られていない伝説だったのである。
ギラティナの正体について、ゲーム中の情報を総合すると以下のように理解できる。ギラティナはこの世界とは裏側に存在するもう一つの世界に棲んでおり、シンオウ神話では「影のポケモン」とも呼ばれる。
図鑑の説明では、「この世の裏側にある世界(=やぶれた世界)に棲む」と記され、プラチナ以降の図鑑では「暴れ者ゆえ追放されたが、やぶれた世界といわれる場所で静かにもとの世界を見ていた」と語られている。
つまりギラティナはかつて暴虐性ゆえにこの現実世界から追放されたという伝承が存在する。神話の直接の記述こそないが、この「追放」のエピソードは、ギラティナがかつてアルセウスに創造されたものの、その凶暴さゆえに異世界へ封じられた存在である可能性を示唆している。
事実、ギラティナは公式にも「はんこつポケモン(反逆ポケモン)」という種族名で呼ばれており、その設定は他の神話ポケモンと一線を画している。
では、ギラティナが何を司る存在なのかについては、公式では明言されていないものの、よく言われるのが「反物質」の概念である。ディアルガが時間、パルキアが空間を司るのに対し、ギラティナは物質世界に対するもう一つの側面(アンチマター、反物質)を象徴するとされている。
しかし「反物質」という科学概念は古代人には理解し得ないものであり、そのためシンオウ神話の伝承者たちもギラティナの本質を捉えられず、神話から漏れてしまったのではないか――という考察がある。
実際、古代の神話においてギラティナが明確に語られない理由としては、「存在自体が忘れ去られた」「口伝から意図的に外された」「反世界の住人のため人々と接点がなかった」等が考えられます。いずれにせよ、ギラティナはシンオウ神話の中で異質な存在であり、その姿は表舞台には出て来ない。ただし、神話の外である図鑑や後の物語でその存在が補完されている点で、創造神話のピースを埋める重要な存在と言える。
プラチナの物語終盤、プレイヤーはテンガン山頂でシロナと共にギラティナの住むやぶれた世界へ踏み込み、そこでギラティナと対峙する。これは、現実世界の崩壊を目論むギンガ団ボス・アカギを阻止するためにギラティナが姿を現したものだが、結果的にギラティナはアカギを撃退し、世界を救う役割を果たす。
この展開によって、人々(少なくとも主人公とシロナ)はギラティナという存在を初めて認識するに至った。シロナはギラティナに関する文献を発見したことからアルセウスの存在を推測するなど、神話研究に新たなページを開いている。
こうして、ギラティナは長らく「神話に隠された影の存在」だったが、現実の出来事を通じて再び神話体系に組み込まれていったのである。
湖の三精霊 – ユクシー・エムリット・アグノム

シンオウ神話でアルセウスが生み出した3つの命とは、シンオウ地方にある3つの湖に棲む伝説のポケモン――ユクシー・エムリット・アグノムのことだとされている。
これらのポケモンは「知恵の神」「感情の神」「意志の神」とも呼ばれ、人間にそれぞれ知識・感情・意思という心の要素を授けた存在である。
神話「はじまりのはなし」では、「三つの命が祈るとこころというものが生まれた」とあったが 、まさに彼ら三精霊が心を世界にもたらしたという寓話になっている。
ユクシー・エムリット・アグノムは「シンオウ三柱(さんちゅう)」や「湖の神々」などと称され、シンオウ地方の三湖(エイチ湖・リシ湖・シンジ湖)に眠る精霊として登場する。ゲーム本編でも、彼らはディアルガ・パルキアが暴走した際にその力を鎮める鍵となった。
ギンガ団によって捕らえられてしまうものの、3匹の協力によって生み出された「赤い鎖」が世界のバランスを取り戻す重要なアイテムとなる。
ここでもう一つ注目すべき神話がある。それは「シンオウのしんわ」と題された物語で、三湖のポケモンたちに関わる内容。その原文は以下の通り。
3びきの ポケモンが いた
いきを とめたまま
みずうみを ふかく ふかく もぐり
くるしいのに ふかく ふかく もぐり
みずうみの そこから
だいじなものを とってくる
それが だいちを つくるための
ちからと なっている という
この「シンオウの神話」は、はっきりとは書かれていませんがユクシー・エムリット・アグノムの三匹を指していると考えられる。
3匹が湖の底深くに潜り、「大地を作るための力」となる大事なものを持ち帰った、とある。これは解釈が難しい部分だが、ゲームの展開に当てはめれば、湖の精霊たちがもたらした“宝”とは先述の赤い鎖や、世界を創造・維持するための原初的なエネルギーのメタファーとも取れる。
すなわち、三精霊はアルセウスが創造した世界を形作るために必要な“何か”を提供した存在であり、それが「大地を作る力」すなわち世界の安定に寄与したという伝説なのだろう。
また、シンオウ神話には三精霊に関するもう一つ興味深いエピソードがある。それが「おそろしい しんわ(恐ろしい神話)」と題された物語である。一見するとホラーのようなタイトルだが、中身は湖のポケモンたちの“恐るべき力”を語ったものである。その内容は次のようなものになっている。
その ポケモンの めを みたもの
いっしゅんにして きおくが なくなり
かえることが できなくなる
その ポケモンに ふれたもの
みっかにして かんじょうが なくなる
その ポケモンに きずを つけたもの
なのかにして うごけなくなり
なにも できなくなる
これはそれぞれユクシー・エムリット・アグノムの力を表しているとされている。すなわち、「目を見た者は記憶を失う」はユクシー(知識担当)、「触れた者は感情を失う」はエムリット(感情担当)、「傷つけた者は7日で動けなくなる(意思を奪われる)」はアグノム(意思担当)を指す。
この神話は簡潔で物語性こそないが、三精霊の力を畏怖する伝承と言える。古代の人々がこれら湖の神々を畏れ敬い、決して粗末に扱わないよう戒めた禁忌伝説だったのかもしれない。
「目を見るな」「触れるな」「傷つけるな」という教訓めいた内容からは、神聖な存在へむやみに関わることへのタブーが読み取れる。実際、ゲーム中でもユクシーらは人前に滅多に姿を現さず、挑めば逃げ去るなど、神話のとおり容易に接触できない存在として描かれている。
このように、ユクシー・エムリット・アグノムの三精霊は、シンオウ神話において人に心を与えた精霊であり、同時に畏怖すべき神秘的な力を持つ存在として伝えられている。彼らはアルセウスによる世界創造を助け、人類に知恵や感情をもたらした恩恵の神である一方、その力ゆえに人が踏み越えてはならない境界でもあった。
神話とゲーム本編のストーリーが見事に交錯する点として、赤い鎖の伝説が挙げられる。神話「シンオウのしんわ」で3匹が湖の底から持ち帰った“大事なもの”は、ゲームにおいては3匹自身の結晶体から作られた赤い鎖だった。
神話ではそれが「大地を作る力」すなわち世界を支える力になったと語られている。実際、赤い鎖はディアルガ・パルキアの力を制御し、世界を守る役割を果たした。こうした点からも、シンオウ神話の三精霊の物語はゲームの重要なプロットと対応しており、ファンにとって考察のしがいがある部分となっている。
人とポケモンの関係 – 神話に見る古代の世界観

シンオウ神話には、創造神話や伝説のポケモンの物語だけでなく、古代における人間とポケモンの関係を示唆する昔話も含まれている。これらの昔話(シンオウむかしばなし)は、一見創世記とは無関係なようですが、ポケモン世界の文化や価値観を読み解く上で非常に興味深い内容を持っている。
まず注目したいのは、ミオ図書館で読める「シンオウ地方の神話」。これは人間とポケモンがまだ距離を置いて暮らしていた遠い昔の物語で、ポケモンが野生で襲ってくる現象の起源を説明するものになっている。その内容は以下のとおり。
むかし シンオウが できたとき
ポケモンと ひとは
おたがいに ものを おくり
ものを おくられ ささえあっていた
そこで ある ポケモンは
いつも ひとを たすけてやるため
ひとの まえに あらわれるよう
ほかの ポケモンに はなした
それからだ
ひとが くさむらに はいると
ポケモンが とびだすようになったのは
この神話によれば、シンオウという地ができたばかりの頃、人とポケモンは別々に暮らしていたものの互いに物を与え助け合う関係だった。そして、ある一匹のポケモンが「いつでも人を助けられるように、人の前に姿を現れるようにしよう」と他のポケモンたちに呼びかけた。
その出来事以降、人が草むらに入ればポケモンが飛び出してくるようになった、という。これは「ポケモンが草むらから飛び出してくる」というゲームでおなじみの自然現象を、神話的に説明したものである。
この物語はたいへん興味深い寓話と言える。一見、草むらからの飛び出し(エンカウント)という現象に理由付けをしただけの昔話に思えるが、その背後には人とポケモンの協力関係が描かれている。
互いに支え合っていた時代に、「あるポケモン」が自発的に他のポケモンへ人助けを提唱したという展開は、人間側からではなくポケモン側から歩み寄った形になっている点がユニークである。これにより、人が自然に足を踏み入れるとポケモンが現れる(=助けようとする)ようになったというわけである。
現代から見ると、草むらで野生ポケモンに遭遇するのは脅威にも感じるが、神話的には「ポケモンが人を助けるために姿を現す」という前向きな意味付けがなされている。もしかすると、古代の人々にとってポケモンとの出会いは危険であると同時に何らかの恩恵や試練と捉えられていたのかもしれない。
この神話に登場する「あるポケモン」が具体的に何かは不明。アルセウスだという説もあるが、アルセウスは世界創造後眠りについたとされているため支持しにくいという指摘がある。代わりに、人に寄り添う存在としてミュウやマナフィ、シェイミなど様々な推測がされているが、公式には明かされていない。不確かな部分では断定を避け、あくまで「伝承上の一説」として捉えておくのが良いだろう。
トバリの神話
次に紹介する「トバリの神話」は、人間の若者とポケモンとの関わりを描いた教訓的な物語である。内容を要約すると、ある若者が剣を手に入れたことで力を持ち、食料にするためにやたらめったらポケモンを狩りまくったという。
必要以上のポケモンを殺してしまい、余った分を捨てたところ、翌年には一匹も獲れなくなってしまう。ポケモンたちが姿を隠してしまったのである。困り果てた若者は長い旅の末、ようやくポケモンを見つけ出して尋ねた。「どうして姿を隠してしまったのか?」。するとポケモンは静かに答える。
おまえが つるぎをふるい
なかまを きずつけるなら
わたしたちは つめと きばで
おまえの なかまを きずつけよう
ゆるせよ わたしの なかまたちを
まもるために だいじなことだ
つまり「お前(人間)が剣を振るって我々(ポケモン)の仲間を傷つけるのなら、今度は我々が爪や牙でお前の仲間(人間)を傷つけよう。それは仲間たちを守るために大事なことなのだ、許せ」という警告である。
自らの乱暴な行いがポケモンたちの怒りを買ったことを悟った若者は、涙ながらに叫ぶ。「もうこんな野蛮なことはしない、剣もいらない、だから許してほしい」と。彼は手に入れた剣を地面に叩きつけて折ってみせた。それを見届けたポケモンたちは静かにどこかへ消えていき、物語は幕を閉じる。
このトバリ神話は、まさに「資源の乱獲への戒め」をテーマにした昔話である。一度力を得た人間が傲慢にもポケモンを必要以上に殺して浪費したため、自然(ポケモン)から報復を受けるという筋書きは、我々の世界にも通じる環境倫理の教訓と言える。
若者が最終的に剣を折って謝罪したことで、ポケモンたちは姿を現すようになったのか、それとも去ったきりなのかは描かれていないが、少なくとも人間側が深く反省したことで均衡が保たれたと読み取れる。「相互不干渉の和解」とも言える結末である。
この物語には神話的なポケモン(アルセウスや精霊など)は登場せず、あくまで普通のポケモンと人間の関係が描かれている。しかし神話体系の中に収録されていることから、シンオウ地方の人々にとって重要な教えだったのだろう。おそらく古代のシンオウ人はポケモンを狩猟し食糧とする生活を送っていた背景があり、そこでの倫理や信仰がこのような昔話として残ったと考えられる。
人とポケモンの結婚
最後に、シンオウ神話でも屈指の衝撃的な内容を持つ「シンオウむかしばなし その3」について触れよう。この昔話は、人間とポケモンの垣根の無さを強調した伝承で、次のような短い文章から成る。
ひとと けっこんした ポケモンがいた
ポケモンと けっこんした ひとがいた
むかしは ひとも ポケモンも
おなじだったから ふつうのことだった
「昔、人間と結婚したポケモンがいた。昔、ポケモンと結婚した人がいた。昔は人もポケモンも同じだったから、それは普通のことだった」という衝撃的な内容である。この神話(昔話)は、人間とポケモンの結婚という現在の感覚ではありえない事柄が「普通のこと」として語られており、シンオウ神話の中でも異彩を放つエピソードである。
当時のプレイヤーにも強烈な印象を残したため話題になったが、これは古代のシンオウ人の世界観を端的に表している。すなわち、「かつて人間とポケモンは同じ存在だった」という認識である。人とポケモンの区別がなかったから、両者が婚姻関係を結ぶことも特別ではなかったという。
実際、シンオウ神話には他にも「ポケモンが皮を脱ぎ捨て人間の姿になって村に来た」という昔話(むかしばなし・その2)や、「ポケモンを食べ、その骨を水に返すとまた生き返って戻ってくる」という昔話(その1)が語られており、人とポケモンの境界が非常に曖昧になっている。
これはアイヌの口承や他の民族神話に見られる「異類婚姻譚(いるいこんいんたん)」や「動物婚姻譚」に通じるものがある。実際、シンオウ神話の背景には北海道のアイヌ神話からの着想があるとも言われており、カムイ(=ポケモン)の世界では人間に化身する神(動物)が登場する伝承も存在する。
シンオウ昔話その2の「森の中で暮らすポケモンが皮を脱いで人間になり…」という話などは、アイヌにおける動物神が人間の姿で神の国に居るという考え方と合致しており、シンオウ昔話その3の人とポケモンの結婚も、異類婚姻譚として各地に残る伝説と重なる。
要するに、古代シンオウでは「人もポケモンも本質は同じ」という信仰または価値観が根底にあったと推測できる。現代のポケモン世界では、人とポケモンはパートナーであっても結婚するような関係ではない。しかし神話の中ではそれほどまでに両者は密接で対等な存在だったと語られているのである。
この昔話の英語版ローカライズでは、直接的な「結婚」の表現が避けられ、「一緒に食事をした」「区別なく親しくしていた」といった婉曲的な表現に置き換えられていた。これは現実世界の文化的な都合(子供向けゲームで異類婚を避けた)とも考えられるが、少なくとも日本版の神話原文では明確に結婚が語られている点は押さえておく必要がある。シンオウ神話の世界では、ポケモンと人はそれほどまでに一体の存在として見做されていたということだ。
以上のように、シンオウ神話の昔話群はポケモンと人間の関係性を深く物語っている。それは現代の我々から見ると奇異に映るかもしれないが、古代の人々にとってはポケモンは単なる「捕まえて使役する生物」ではなく、時に友であり家族であり、そして畏敬すべき神そのものでもあったのだろう。
こうした世界観は、シンオウ神話全体を貫くテーマの一つと言える。創造神話において三精霊が人に心を与えたこと、人とポケモンが助け合っていたこと、結婚すら普通だったこと――これらはすべて、「ポケモンと人は切っても切れない関係である」というメッセージにも読める。ゲーム本編のシンオウ地方(現代)では、人とポケモンはモンスターボールやバトルの関係で結ばれているが、神話の時代にはそれ以前の原初の絆が存在していたと伝えている。
『Pokémon LEGENDS アルセウス』による神話の再解釈・補完

2022年に発売された『Pokémon LEGENDS アルセウス』は、シンオウ神話の舞台でもある遥か昔のシンオウ地方(当時はヒスイ地方と呼称)を描いた作品である。物語の時代設定は『ダイヤモンド・パール』より数百年前、モンスターボールが発明されたばかりの開拓時代。
この作品では、シンオウ神話に語られていた数々の伝承が実際の出来事として描かれたり、あるいは新たな視点で再解釈されたりしている。
まず大きな点として、『レジェンズ アルセウス』ではアルセウスそのものが物語の核心に据えられている。プレイヤーはアルセウスによって異空間に招かれ、ヒスイ地方に送り込まれるところから物語が始まる。つまり、冒頭から創造神アルセウスの存在が示唆される。
これはシンオウ神話の「始まりの存在(最初のもの)」が物語に直接関わってくることを意味しており、まさに神話の世界を追体験するような展開と言える。ゲーム内でアルセウスはすぐに姿を現さないが、各地に散らばったプレートを集めさせたり、空に巨大な時空の裂け目を発生させたりと、背後で世界を試す神として機能している。
最終的にプレイヤーは全てのポケモンを捕獲した後、天界の笛(てんかいのふえ)を使ってアルセウスと対峙することになる。アルセウスとの出会いは、もはや神話ではなく現実として描かれ、主人公(プレイヤー)は創造神の試練を乗り越え、その力の一端を託される。この演出は、シンオウ神話で語られたアルセウスの偉大さを再確認させるとともに、神話が単なる伝承でなく歴史の一部であったことを強調している。

次に、ヒスイ地方の人々とシンオウさま信仰について。前述したコンゴウ団とシンジュ団の対立は、ゲーム中盤から終盤にかけて大きなテーマとなる。両団はそれぞれ自分たちの崇める「シンオウさま」の加護によってキング・クイーン(各地のポケモン領主)を祀り、異変時には鎮めている。
やがて時空の裂け目からディアルガとパルキアが現れることで、両者の信じるシンオウさまが実は別個の存在だったことが判明する。コンゴウ団の長・ススキはディアルガ、シンジュ団の長・カイはパルキア、それぞれ自分の団の神が目の前に顕現したことで衝撃を受ける。
彼らは互いの“神”が存在することを認め、争いに終止符を打つ。この展開は、シンオウ神話の世界観を補完する重要なポイントである。すなわち、「シンオウさま」とはディアルガ・パルキア双方を包含する概念であり、その両方を創造した上位の存在(=アルセウス)がいる、という真実に近づく。
ゲーム中でアルセウスの存在までは彼らに知られないが、プレイヤー視点ではシンオウ神話の答え合わせのような体験になっている。

また、『レジェンズ アルセウス』ではギラティナにも隠れたスポットライトが当てられている。ストーリー終盤、プレイヤーの前に立ちはだかる黒幕・ウォロ(古代シンオウの末裔である人物)は、ギラティナを呼び出して主人公に差し向ける。
これは、ウォロがアルセウスに匹敵する力を求める中で、裏の世界の王であるギラティナを利用しようとしたためである。突然姿を現したギラティナはウォロの命令で主人公に襲いかかるが、敗北すると彼の元から去って行く。
ウォロは「古代の神話を調べ上げてギラティナに辿り着いた」旨を語っており、ギラティナが古代では「破れた世界の神」として伝承されていたことを示唆している。つまり、『プラチナ』で明かされたギラティナの設定が、このヒスイの物語でも裏で絡んでいたのである。
主人公によって阻止されたため表立った被害は出なかったが、もしウォロの野望が成功していれば、ギラティナが再び現実世界に災厄をもたらしていたかもしれない。結果的にギラティナは再び姿を消すが、後日談として主人公がギラティナを捕獲することも可能で、ギラティナとの戦いは神話を現実に引きずり出したものと位置づけられる。

さらに、『レジェンズ アルセウス』ではシンオウ神話にまつわる数々のアイテムや儀式が実際に描写されている。例えば、シンオウ神話に登場する「赤い鎖」は、ヒスイ地方でも時空の裂け目を閉じる鍵として登場する。
主人公はユクシー・エムリット・アグノムの試練を受け、彼らの力から作り出した赤い鎖で時空の裂け目から暴走するパルキア(もしくはディアルガ)を鎮めた。これは神話「三匹が湖の底から大事なもの(力)を持ち帰った」という伝承のまさに再現と言える。
また、シンオウ神話に名前だけ登場した「てんかいのふえ(天界の笛)」も、この作品で初めて正式にプレイヤーが使用する場面が描かれた。天界の笛はアルセウスを呼び出す聖なる笛で、元々は『ダイヤモンド・パール』のデータ内にアイテムとして存在しながらイベント未実装だったもの。
それが『レジェンズ アルセウス』において物語のクライマックスで用いられ、初めてアルセウスとの邂逅が実現した。天界の笛の音色によって現れたアルセウスと戦い、最終的にプレイヤーはアルセウスから「分身」を授かる形で物語は終わる(ゲーム上はアルセウスを捕獲する形になる)。
この流れは、神話でアルセウスが人々の前から姿を消したこととは対照的だが、創造神の力の一端が人にもたらされたという点で、人類側の物語が神話に追いついた瞬間とも言えるだろう。
他にも、『レジェンズ アルセウス』ではシンオウ神話の補完要素として、各地に「ふるいポエム」(古代の詩)というアイテムが散らばっており、そこには古代シンオウの人々の記録や想いが綴られている。
これらの詩には、先述の昔話を彷彿とさせる内容や、ポケモンと人との関係、さらにはシンオウ神話の裏話的なものも含まれており、考察好きなファンには見逃せない要素となっている(例:「ポケモンはかつて人の姿だった」ことを示唆する文や、ギラティナの存在を匂わせる文など)。
公式が用意した追加の世界観資料とも言えるこれら古代詩は、ゲーム本編の直接のストーリーには絡まないが、シンオウ神話の理解をより深める手がかりを与えてくれる。
総じて、『Pokémon LEGENDS アルセウス』はシンオウ神話に描かれた世界観を実際に体験させる作品であり、同時にシンオウ神話の断片を新たな形で補完・再解釈した物語でもあった。
アルセウス・ディアルガ・パルキア・ギラティナといった創造神話の主役たちが軒並み登場し、神話で語られた出来事(世界の創造、時空と心、赤い鎖、シンオウさま信仰 etc.)が現実の歴史として再現または暗示されている。
こうしたアプローチにより、プレイヤーは「神話は作り話ではなく、この世界の真実なのだ」という感覚を味わうことになった。シンオウ神話で断片的だった情報(たとえばアルセウスの具体像や、複数のシンオウさまの謎)は、ゲーム本編のストーリーや演出を通じてかなり明確に描かれたと言える。
その一方で、完全にすべてが説明されたわけではなく、依然として解釈に委ねられている部分(ギラティナが反物質を司る点や、古代の人とポケモンの関係の詳細など)も残されている。これは神話の余白とも言えるべき部分で、ファンが想像力を働かせて考察を楽しむ余地だろう。
最後に – シンオウ神話が映すもの

シンオウ神話は、ポケモンシリーズの中でもひときわ壮大で複雑な世界観を持つ神話体系である。アルセウスによる宇宙の創造、時間と空間という抽象概念を司る神々(ディアルガ・パルキア)、裏側の世界に追いやられた影の存在(ギラティナ)、人に心を授けた精霊(ユクシー・エムリット・アグノム)、そして人とポケモンが密接に交わっていた古代の生活…。
それらが織り成す物語は、単なる子供向けゲームの設定の枠を超えて、神話学や民俗学的な奥行きを感じさせる。
ゲーム中の文献として散りばめられた神話の原文は、本記事で引用したようにかな表記で簡潔に綴られている。しかしその背後には、現実世界の神話(例えばアイヌの神話や世界各地の創世神話)に通じるモチーフが数多く見受けられ、ポケモン世界と現実世界の文化が巧みにリンクしている。
シンオウ神話は架空の物語ではあるが、現実の人間社会が紡いできた神話と同様に、この世界の成り立ちや倫理観、人と自然(ポケモン)の関係を伝える役割を果たしている。それゆえ、神話の断片を読み解くことでポケモン世界の深層に触れられる点が、ファンにとって大きな魅力となっている。
